日記

DIARY

 私は悩んでいた。

 何がいけなかったのだろうか。果たして理由はなんなのだろうか。

 心当たりは掃いて捨てるほどあるのだが、決定的となった理由がわからない。

 おそらく、一生考えてもこの問いに対する答えは出ないのだろうと思う。

 

 私は悩んでいた。

 つい二日前までは普通だったのに、なぜこんな結末を迎えることになったのだろうか。

 この二日の間に、内偵でもされており、内偵の結果が惨憺たるものだったのだろうか。

 

 わからない。わかるはずもないのだが、考えずにはいられない。

 何度、意味のない自問自答を繰り返しただろうか。

 私は一つの考えにたどり着いた。

 

 そもそも私ほど聡く、ユーモアもあり、眉目秀麗であり、前向き思考の人物は非常に数少ないであろう。

 そんな男性を手放す方の身になって考えると、身が引き裂かれる思いをしながら苦渋の決断だったろうと思う。

 面と向かって話をしていないので、はっきりしたことは分からないが、おそらく嗚咽しながらのライン送信だったことは想像に難くない。

 

 私は心配になった。

 身の裂かれるような思いをして決断を下したのはいいが、後悔の念に苛まれてはいないだろうか。

 私のせいで、心労が絶えないことになっているとすれば、非常に心苦しい。

 万一、心がズタボロの状態で連絡が来たときは優しく迎えてあげようと固く心に誓ったのであった。

 今のところ依然として連絡は来ないので、思い余って身投げしたのではないかと心配しているとこである。

 

 なにはともあれ、結果はすでに出ている。一つの試合が終わったのだ。そして私は勝負には勝ったが、試合には負けたのだ。

 敗因を考えるのも大事だが、勝負に負けた場合は次の試合のために練習をすることのほうが大事なのではないだろうか。

 

 そして、私は七月七日の七夕に練習試合を組んだ。

 テーブルという天の川をはさみ、ワールドカップよりも熱い熱戦が繰り広げられることであろう。

 まだ見ぬ織姫に出会えることを信じ、今日も夜空を見上げ星に願いを込める私は、さながら彦星のようである。

 

 おわり。

投稿日:2018/06/22   投稿者:-

皆様はヤマアラシのジレンマという言葉を知っていますか?

 もし、知らないという方はネットで調べれば、すぐに出てくるので調べてください。

 

 調べましたか?

 そうです。一般的に、ヤマアラシのジレンマと言うお話とは、

ある2匹のヤマアラシが体をくっつけて温まろうとしました。しかし、ぴったりくっつくとお互いに自分のトゲが相手を傷つけてしまいます。相手を傷つけない、ちょうど良い距離感を保つために、くっついたり離れたりして、ちょうど良い距離感を探った。

というアルトゥル・ショーペンハウアーが作った話を、人間社会に当てはめた心理用語です。

 

 みなさんはこの話を聞いてどう思いますか?

 「なるほど、確かに人間社会と一緒だ」と納得できますか?

 

 僕は、どうしてもこのお話をすんなり受け入れることが出来ないのです。

 なぜ受け入れられないのかをお話しします。

 

 まず、ハリネズミの場合は、トゲさえなければピッタリとくっつきたいという解釈になりますよね?

人間の場合、そんなこと思ってくれる人が周りに何人いますか?少なくとも、僕にそんなこと思ってくれる相手はいません。

 

そして、ハリネズミの場合は、刺さってもちょっとチクッとするぐらいの痛さだったのでしょう。ちょっと刺さっても、くっついたり離れたりが何回かトライできるのですから。

人間の場合、ハリネズミのトゲとは比べ物にならないほどの、殺傷能力があるトゲの使い手がいます。トゲというか槍です。しかも、毒が塗ってあることもしばしばです。そして、その槍を振り回して突き刺しに来る人がいます。

 

そして、自分は近づきたくも関わりたくもなくてトゲを最大限に伸ばしていても、そのトゲをへし折りながら進んできて、ピッタリくっつこうとして来る人もいます。

 

このように実際の人間関係は複雑でいろんな人がいるので、ヤマアラシの話のように、くっついたり離れたりを試行錯誤しながら、いい距離感を見つけることなんてレアケースだと思います。

 

 付き合いが長くなればお互いにトゲは少しずつ抜け落ちて行くし、最初からトゲがない人だっているでしょう。

 

 まぁ、僕は心理学者ではないので解釈が全然違うという可能性が大ですけどね。

 完全に僕の頭のなかの考えですので、間違いだらけかもしれませんがご了承ください。

 

 なんか最近、意味が分からないブログになっていますね。

 これからも、自分の頭の中の整理と文章構成の練習のために書いていこうと思うのでよろしくお願いします。次回くらいにはクスッと笑えるブログを書こうと思っております!

 

最後に、冒頭で紹介したアルトゥル・ショーペンハウアーという方はいろんな名言を残されたようです。

 その中の一つで、僕が考えさせられた名言があります。

「謙遜というものは、平凡な能力を持つ人間の場合には単なる誠実であるが、偉大な才能のある人間の場合には偽善である。」

 

ごめんなさい。僕は今まで偽善者でした。今後は謙遜をやめようと思います。

投稿日:2018/06/17   投稿者:-

 皆様こんにちは。GWも終わり、お盆が待ち遠しい僕のブログへお越しいただき、誠にありがとうございます。

 

 およそ一カ月ぶりの日記となりますので、近況を皆様とのアメリカン会話形式で紹介しますね。

 僕 「いよぅ!みんな元気にしていたかい?最近の話で良い話と悪い話があるんだけどどっちから聞きたい?」

 皆様「んー、じゃあ悪い話から聞こうか」

 僕 「OK!実は悪い話というのは、友達に彼女ができちまった…」

 皆様「oh… それは災難だったな。。。で、いい話ってなんだい?」

 僕 「その友達が二週間で別れたことさ!hahaha!!」

 

 いやぁー、非常に甘美な愉悦を味あわせていただきました。

 

 さて、皆様が心の中で「こいつ性格悪すぎ」と思ったかもしれませんが、敢えて言わせてもらいます。僕は優しいです。

 

 おや?その顔は信じていませんね?いいでしょう、僕が優しいということを文章にて証明してさしあげましょう。

 

 それでは自己弁護を始めますので、皆様最後までお付き合いください。最後までお付き合いくだされば、あなたの中にある優しさの考え方が少し変わるかもしれません。

 

 「どんな人が好き?」「どんな人がタイプ?」

 合コンでよく聞く、ありきたりな質問の一つではないでしょうか。

 「優しい人がいい」(やらしい人はいっぱいいるんですけどね!)

「誠実な人がいい」(性実(性に実直)な人はいっぱいいるんですけどね!)

 よく聞く返答の一つですね。

 

 さて、ここでいう優しい人とは、どういう人を指しているのでしょうか。

 そして、優しさの度合いはどうやって決めるのでしょうか。

 慈善団体への寄付金の額?人のために流した涙の回数?

 

 答えは簡単です。優しい人なんかいません。

「いやいや、いるよ!」という方は少し考えてみてください。

確かに、優しいと良く言われる人は存在しますが、「誰からも優しいと言われる確率が100%」ということを立証することはできません。すべての人に聞き込み調査をするわけにもいきませんしね。

しかし、それでは話が続かないので、ここでは一般的に言う「優しい人」の定義を決めましょう。

 

まず、前提として優しいとは周りが決める事であって、「あの人は優しい」と周りが言う確率が高い人が一般的に優しい人と言われます。

ですが、何人中何人が優しいと言っていれば「優しい人」となるのかの線引きをするのは、非常に難しいと思います。

 なので、誰かに優しいと言われたことがあれば、一般的に言う「優しい人」でいいのではないのでしょうか?

 そして、僕は優しいと言われたことがあります。

 

 これにて証明終了です。

 

 僕「どういう人がタイプ?」

 女「優しい人かなー」

 僕「優しい人って何?どんな人を優しいって思うの?」

 女「んー、とりあえず会話のときそういう返しをしないで話を聞いてくれる人」

 僕「ぐぬぬ。。。」

 っていう会話を僕とした女性のための証明でした。

 

 大体ですよ?タイプが優しい人って言う人の八割はウソです。外見や収入を気にせず、中身で決める出来た人間の振りをしているだけです。「(かっこよくて)優しい人」とか「(お金持ちで)優しい人」の前半の部分を省略しているだけです。

 

 そして、表面上だけ優しい人に騙されて痛い目を見て、悲劇のヒロインになるお決まりのパターンです。「最初は優しかったのに…」と言ったことある女性はもう少し見る目を養いましょう。

ただし、本当に優しい人と付き合った際に「優しいけどつまらない男」と言って別れを切り出すのはやめてください。

 

 何の話か訳が分からなくなりましたが、最後に宣伝です。

 

良い男がいないと嘆いている女性の皆様、そして良い男を女性に紹介しようとしている男性の皆様。

頭の片隅にでいいので、進栄商事には優しくてユーモアに富んだ男性が一人いることをぜひお忘れなきようお願い申し上げます。

 

あ、それと6月17日に熊日折込広告にオープンハウスの詳細が入るのでぜひチェックしてください。クオカードのプレゼントの詳細も載ってますよー

投稿日:2018/06/08   投稿者:-